漆間巌
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| 漆間 巌 (うるま いわお) | |
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| 生誕 | 1945年4月19日(63歳) |
| 職業 | 内閣官房副長官 |
| 出身校 | 東京大学法学部卒業 |
漆間 巌(うるま いわお、1945年4月19日 - )は、日本の警察官僚。内閣官房副長官。
奈良県警察本部長、愛知県警察本部長、警視庁副総監、大阪府警察本部長、警察庁警備局局長、警察庁次長、警察庁長官、財団法人交通事故総合分析センター理事長などを歴任した。
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[編集] 経歴
大分県出身(ただし、実際は東京生まれ[1])。警視庁警察官の子として東京で生まれ育ち、兄に同じく警察官僚の漆間英治(元中部管区警察局長。1958年警察庁入庁)がいる。
都立日比谷高校、東京大学法学部卒業後、1969年に警察庁入庁[2]。在ソ連日本大使館の書記官や陸上幕僚監部調査課への出向経験の後、奈良県警察本部長、愛知県警察本部長、大阪府警察本部長、警視庁副総監、警察庁警備局長、次長などを歴任し、2004年8月13日から2007年8月まで警察庁長官を務める。北朝鮮による日本人拉致問題などに直面し、異例の3年間に亘る長期間の長官在任であった。警察庁長官退任にあたり、官邸のインテリジェンス機能の強化を図る意味合いで、安倍内閣の内閣官房副長官就任の話もあったが、参議院選挙で自民党が惨敗した結果、安倍晋三首相が動きがとれずに退陣に追い込まれ、内閣が短命に終わったため実現しなかった。
退官後は財団法人交通事故総合分析センター理事長を務めていたが、2008年9月24日の麻生内閣発足とともに内閣官房副長官(事務担当)に起用された。警察庁出身の官房副長官は川島廣守以来32年ぶりである。各省庁の事務方の調整を担う事務担当の副長官は、旧自治省・旧厚生省の出身者が任命されることが多く、麻生内閣誕生のおりには、漆間のほか、嶋津昭・地域総合整備財団理事長(元総務事務次官、旧自治省出身)、香山充弘・自治医科大学理事長(元総務事務次官、旧自治省出身)も官房副長官候補として有力視されていた。そこから漆間が起用された理由として、拉致問題などに関する漆間の姿勢が評価された[3]ためと報じられた。また、漆間が警察OBであることから現役警官から情報が得られ、小沢一郎民主党代表の持病である狭心症の状態や、民主党大物議員のマルチ商法スキャンダルを調査させるという目的であることも取りざたされた[4]。
[編集] 公務員制度改革への消極的姿勢
漆間は公務員制度改革に非協力的とされており、特に天下りの抑制には強く反対している[5][6]。政治評論家の屋山太郎によると、漆間は「天下りしてどこが悪い」と発言したといわれている[7]。
[編集] 西松建設違法献金事件に関する発言と報道の問題
2009年3月5日、漆間は定期的に開かれている記者団との懇談の席で、小沢民主党代表の秘書が東京地方検察庁に逮捕される状況下にあった西松建設違法献金事件の捜査に関する発言を行った(発言の詳細は後述)。この懇談の席は記者が政府の高官から政策の真意や背景を聞くために行うものでオフレコ扱いであったが、記者がニュース性があると判断した発言は「政府高官」を主語にして報道できることになっており[要出典]、マスメディアの一部はこの発言をニュースとして報じた。
この発言について、朝日新聞などの一部メディアは、(検察は西松建設の違法献金事件で)「「自民党側は立件できない」と発言した」という断定的な表現が散見される報道をおこなった[8]。一方で、西松建設の違法献金事件について、「「自民党の方にまで波及する可能性はないと思う。あの金額で違法性の認識を出すのは難しい」と述べ、自民党議員に捜査は拡大しないとの認識を示した」[9]と推定の趣旨であるとわかる報道を行ったメディアもあった。
そして、特に、断定的な報道をした朝日新聞などから政府の要職にあるものが「検察は自民党を立件することはない」と言明したものであると受け取られ、検察の捜査が公正中立・不偏不党であることに疑念を抱かせるものとの批判がなされた。[10]。またかねて総選挙間近の情勢で小沢周辺へ強制捜査が行われたことを「国策捜査」と批判してきた民主党は、この発言について国会で追求する構えを見せた[11]。
しかし、漆間自身は報道後の6日、「あくまで一般論であり、違法性の認識を立証するのは難しい」という観点での発言であって、報道のようなとらえ方は記者がしたもので自分の本意ではないと匿名のまま釈明[12]し、またマスメディアが発言者として実名で報道することを拒否した。なお、3月8日のフジテレビ「新報道2001」にゲスト出演していた河村建夫内閣官房長官が、この件の「政府高官」とは、官邸の警察マター(警察関連)担当の漆間巌官房副長官であり、前述の発言は記者懇談会での質問に対して発言した物であった事を番組中に明らかにし、政府としてマスメディアの前で初めて「政府高官」の本名を公にした。
[編集] 略年譜
- 1968年(昭和43年) 国家公務員採用上級甲種試験(法律)合格
- 1969年(昭和44年)6月 東京大学法学部卒業
- 1969年(昭和44年)7月 警察庁入庁
- 1980年(昭和55年)3月 在ソ連日本国大使館一等書記官
- 警察庁刑事局保安部外勤課警衛官
- 1987年(昭和62年)2月6日 防衛庁陸上幕僚監部調査部調査第二課調査別室長
- 1989年(平成元年)8月18日 奈良県警察本部長
- 1991年(平成3年)1月18日 警察庁警備局外事第一課長
- 1992年(平成4年)1月20日 警察庁長官官房企画課長
- 1994年(平成6年)7月27日 警察庁長官官房審議官(交通局担当)
- 1996年(平成8年)8月20日 愛知県警察本部長
- 1999年(平成11年)1月18日 警視庁副総監
- 2000年(平成12年)1月11日 大阪府警察本部長
- 2001年(平成13年)5月18日 警察庁警備局長
- 2002年(平成14年)8月2日 警察庁次長
- 2004年(平成16年)8月13日 警察庁長官
- 2007年(平成19年)8月16日 退官
- 2007年(平成19年)8月 警察庁顧問
- 2008年(平成20年)3月 財団法人交通事故総合分析センター理事長
- 2008年(平成20年)9月24日 内閣官房副長官
[編集] 脚注
- ^ 首相官邸ホームページの自己紹介[1]によると、本籍が大分県のため出身地を大分県としている。
- ^ 兄弟とも警察庁に入庁したのは父の影響という。
- ^ 「官房副長官に漆間氏を起用へ/麻生内閣発足に向け」『四国新聞』 2008年9月23日
- ^ 『週刊文春』2008年12月11日号
- ^ 【正論】人事院の倒錯した抵抗の論理 政治評論家・屋山太郎 MSN産経ニュース2009年2月19日
- ^ 内閣官房に「権力の暗部」抱える麻生政権―警察庁出身副長官・漆間巌の存在理由 JANJAN 2009年2月4日
- ^ 【正論】公務員改革に消極的な麻生政権 政治評論家・屋山太郎 MSN産経ニュース2008年11月11日
- ^ 「民主、漆間氏とみて追及へ 「自民立件ない」発言の高官」『朝日新聞』 2009年3月7日
- ^ http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090304-527751/news/20090305-OYT1T01288.htm 2009年3月5日 『読売新聞』
- ^ 「社説 違法献金事件 異議あり政府高官発言」『東京新聞』 2009年3月7日
- ^ 「民主、漆間氏とみて追及へ 「自民立件ない」発言の高官」『朝日新聞』 2009年3月7日
- ^ 「政府高官「一般論を説明」と釈明 献金事件発言で」共同通信 2009年3月6日
[編集] 外部リンク
- 官邸ホームページ
- 【話の肖像画】前警察庁長官・漆間巌さん(MSN産経ニュース)
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