朝日新聞記事(2006年9月8日付 朝刊 経済面)
企業経営のあり方を左右する経済法制全体が、大転換のさなかにあります。5月施行の会社法をはじめ、戦後や明治時代の制定以来の大改正が目白押し。その推進役は「法務省民事局」です。バブル崩壊後の経営環境悪化で、企業から経営の自由度を広げるよう求める声が相次ぎ、それに応えようとしていますが、専門家からは「拙速で行き過ぎ」「企業の言いなり」と批判も出ています。
■ 省令原案に根回しなし
東京・霞ヶ関の法務省。1月、法制審議会委員で会社法務部会長を務めた江頭憲治郎・東京大学教授らがここを訪れ、竹下守夫・法務省特別顧問と面談。昨年11月に法務省が示した会社法の省令案の改善を求めた。
商法の会社に関する規定を抜本改正した会社法は昨年6月に成立した。細目の約300の事項は法務省令に委ねられたが、省令原案が「とても信じられない内容」(江頭教授)だったためだ。
例えば、合併を株主総会で特別決議する際の扱い。合併は極めて重要なので、従来は株主に送る招集通知や参考書類に契約概要の記載が必要。それが、原案では、株主が1千人未満の会社なら議題だけ記せばよく、契約概要は「省略可」とした。江頭教授らは「これまでの蓄積を無にしていいのか」と批判した。
結果的に、2月にまとまった省令は江頭教授らの意見を反映した。法務省民事局の会社法担当者は「企業実務に基づいた要望を重視し、提案するべきものは提案する姿勢で臨んだ。パブリックコメントを受けた修正は折り込み済み」という。
担当者が事前調整を十分しないまま作業を急いだのは、3月末が「経済関係民刑基本法整備推進本部」の終了期限だったからだ。
■ 進みすぎに批判の声も
法務省が5年間の時限措置で推進本部を設けたのは01年4月。民事局の立法担当者は、倍近くに増員された。法改正チームは、参事官と「局付」と呼ばれるスタッフでつくる。本部設置前の参事官は4人。1本の法改正に2〜3年かかるため、年1〜2本がせいぜいだ。参事官は8人としたが、局付に若手裁判官や検事を多く集めるのは困難。目を付けたのが、任期付き公務員制度だ。
最大時で12人の会社法チームは、判事2人、検事4人、経済産業省からの出向1人。残りは大手法律事務所の弁護士だ。最初はいやいや弁護士を派遣していた事務所が、「今では希望者が殺到する」(深山卓也・法務省大臣官房審議官)という。派遣弁護士の知名度が経済界で高まり、PR効果があるからだ。
法改正を急ぐ背景には、バブル崩壊後の経営環境激変がある。需要管理や金融の護送船団方式で企業経営を安定させてきた戦後システムが行き詰まり、冷戦終結や円高で国際競争も激化した。企業経営は変化への対応に軸足が移った。
制度の急改造に消極的な法制審への不満が強い経済界は、与党議員に働きかけて商法関連の議員立法が相次ぐ。転換点は、97年6月導入のストックオプション制度だ。
その流れを受け、法務省民事局は、企業経営の自主性重視に傾く。市場の監視で律すればいいとの考え方だ。経産省から会社法チームに出向した郡谷大輔氏は「役人や学者が、企業はこうあるべしと決めるのではなく、法律の使い手である企業の使いやすさを重視すべきだ」という。
企業再編の規制緩和や最低資本金撤廃などを盛り込んだ会社法に、経済界は「大いに満足。非常に高く評価している」(西川元啓・新日本製鉄常任顧問)。一方、上村達男・早大教授は「規制と規律の緩和が進み過ぎた。規制される側の企業が喜ぶ法律に意味があるのか」と手厳しい。
■ <視点> 実は確信犯だった
民事局は、自民党や経済界の圧力でしぶしぶ規制緩和を進めているのではないか――。そんな予想はすぐに覆された。これは『確信犯』だ。静かに進む法革命は、どのような効果をもたらすのだろうか。
横並び意識が依然残る日本の経済界で、本当に多様なニーズが存在するのか疑問はある。ただ、多くの選択肢を示すことで、革新的な事業形態が生まれる可能性があるのは確かだ。
一方で、「法律が凶器になってはいけない」という法務省OBの言葉も印象に残った。
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